(1)細雪の碑 (阪急芦屋川駅より徒歩3分)
昭和13年、六甲の山津波のため芦屋川などの河川が氾濫し、芦屋市は甚大な被害を受けました。この阪神大水害では重さ15トンにもなる巨石が神戸市東灘区岡本の谷崎邸内に流入して、50年間そのままに放置されてあったのですが、昭和63年、谷崎潤一郎記念館の竣工に際して移されました。大水害は
「細雪」の中でも描写されています。 ←芦屋川沿いにあります。 |
昭和9年から11年まで谷崎は松子夫人とともにここに隠棲していました。昭和11年の谷崎住吉移転後の昭和14年には隣家にいた富田砕花が入居し、その後、93歳で亡くなるまでこの家に 住み続けま した。戦災で多くの貴重な資料が紛失されましたが、倉の中から谷崎の書簡などが発見され、現在、公開されています。また、庭には「細雪源氏の君のかかわりをわが庭に遺す擬春日燈籠」と春日大神に献詠された燈籠 があります。 |
これが、昭和20年8月の戦災で焼け残った蔵。→ ここは谷崎や砕花によって書斎としても使用され、現在では展示室になっています。また母屋は昭和29年に砕花の友人たちによって再建されました。 |
(3)倚松庵(神戸市東灘区住吉東町1丁目6番50号 六甲ライナー「魚崎駅」から北へ150m徒歩2分。駐車場はありません。)
玄関前にある石碑 | 正面から | 裏側 |
内部の様子 |
(4)芦屋市谷崎潤一郎記念館(芦屋市伊勢町12番15号 阪神芦屋駅から南東へ徒歩約15分。阪急バス緑町下車東へ2分。)
←正面入口 阪神大水害で谷崎邸に流入した巨石。 記念館前にある。→ |
||
←内部の様子→ 右は「谷崎潤一郎氏の肖像」 安田ユキヒコ画。 昭和39年春の制作。 |
||
庭園は、関西最後の住居である京都の旧居の庭を模して再現したもの。 美しい鯉は心を和ませます。 |